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Various Hobbies【雑多趣味】

自分の趣味は広くて浅い。浅いが故に人様へ知識として伝えることは出来ないまでも知ってもらいたい世界がある…。そんな趣味の片鱗をまとめて公開してしまおうというコンテンツ。※広く浅くそして熱しやすく冷めやすい…。でも普通じゃない所は再加熱し、鍛錬を重ねるところデス。その周期は不定期ですが随時更新してきます。

客 車

重量記号/ナ=27.5t~32.5t未満 オ=32.5t~37.5t未満 カ=47.5t以上
用途記号/ハネ=B寝台車(二等寝台車) ロ=グリーン車(一等車) ハ=普通車(二等車) ニ=荷物車
       フ =緩急車(車掌室を有し、手ブレーキまたは車掌弁がある車両。同様の設備を有していても展望車、
       郵便車、荷物車、事業用車には用いない)

オハネ25 0形北斗星仕様

8506/TOMIX

 国鉄24系客車は、旧・日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した寝台車両の一形式です。1973年から1980年にかけて量産され、21世紀初頭の現在でも日本の寝台特急列車の主力車両となっています。
 1973年度下期から製造された24形のマイナーチェンジ形式で、製造当時、間近に控えていた山陽新幹線岡山~博多間の延長開業によって寝台特急の利用客が減少することを見越して、定員を減らし居住性を改善するためB寝台車がそれまでの3段式から2段式に設計変更されています。2008年現在、定期運用に就くのは「北斗星」と「トワイライトエクスプレス」用編成のみとなっています。
オハネ25形は24系25形に属する2段式B寝台車で、オハネ24形の寝台を2段式に変更して新製されたB寝台車となっています。オハネ24形と同じく上段寝台にはボタン操作式の自動昇降装置を備えています。
 この模型については北斗星編成を再現するために3両保有してます。

オハネフ25-0形北斗星仕様 オハネフ25-200形北斗星仕様

8505 8507/TOMIX

A-0864 24系25形に属する2段式B寝台緩急車で、0番台(1~47)は1974年から1976年にかけて製造されました。北海道旅客鉄道(JR北海道)札幌運転所所属の2・4・8・15の4両は、4名用簡易コンパートメント(Bコンパート)改造が施工されています。
 1976年に事故廃車された18の代替用として、当時既に100番台の製造が開始されていたものの、補充のため0番台の47が追加製造されました。
 200番台(201~221)は1978年~1980年に製造、車掌室側の連結面が折妻となり、方向転換可能な構造に戻りました。車体の他の部分の構造は100番台とほぼ同じ。1991年に218と220が床下に電源エンジンと発電機を搭載して14系に編入され、スハネフ14 551・552となりました。
 この模型については北斗星編成を再現するために1両ずつ保有してます。

ナハフ20

509/KATO

 国鉄20系客車()は、日本国有鉄道(国鉄)が1958年(昭和33年)に開発した寝台特急列車用客車です。日本で初めて、同一系列・同一意匠の車両による「固定編成」を組むことを前提に設計された客車であり、冷房装置や空気ばね台車の装備などで居住性を大きく改善した画期的な車両でした。青一色に統一された外観はデザイン的にも優れ、以後の客車寝台特急も含めて「ブルートレイン」と呼ばれる起源となりました。
 ナハフ20は、最後部に連結される非貫通式・流線型の二等座席緩急車で、最後部は半分が車掌室、半分は展望室として乗客に開放されていました。
 1965年以降、寝台車に改造され、ナハネフ20に3両、ナハネ20 500番台に1両、ナハネフ22 500番台に5両が改造されて形式消滅しました。
 このナハフ20については幼少期のコレクション初期に「ブルートレインはコレ!」というインパクトと、非動力車の安価な点から購入に至った車輌です。実際乗ったことや、実車を見た事はありません。

カニ24

525/KATO

 カニ24は「あかつき」・「彗星」の24系25形化に伴って1974~6年に日本車輌製造・富士重工業・新潟鐵工所で25両が製造されました。機関室の発電機類はマヤ24形と同様ですが、荷重3tの荷物室を設置しており、車体長は同形式より1.5m長い18.5mとなっています。25形に属するため飾帯がステンレスへ変更され、後位妻面がマヤと同様に非貫通です。
 国鉄時代は品川、向日町、宮原に配置され、東京・関西~九州方面の寝台特急に投入され、1987年から1988年にかけて9両が後述の500番台(北斗星用)に土崎工場(現・秋田総合車両センター)で改造されました。
 現在は15両が在籍し、青森、宮原、熊本に配置され、「あけぼの」「日本海」「トワイライトエクスプレス」で定期運用されています。
 この車輌もナハフ20と同様に非動力車で安価であるにも拘らず、ヘッドマークが点灯するという安直な購入動機で保有しています。しかし、知識もないまま分解してしまい、ガキお約束の部品をなくしてしまうという失態を犯し、現在は点灯しません。

オハフ50

2511/TOMIX

A-0864 50系客車は、日本国有鉄道が主に地方都市圏の通勤・通学時間帯の普通列車に使用する目的で1977年より設計・製作した一般形客車の系列です。本州以南用の50形と、北海道用の51形がありますが、基本的な設計コンセプトは同一です。最初の車両は 1977年 - 1978年に製造され、筑豊本線・芸備線・東北本線(仙台地区)などの線区で特に朝夕のラッシュアワーに使用されました。製造は1982年まで続き、同様の条件の他の交流電化区間や、非電化区間にも投入されました。
 客車列車存置の根拠だった荷物・郵便輸送が廃止され、民営化直前の1985年前後より電車・気動車の投入が進んだことから、1990年代には大量に淘汰されるようになり、一般仕様の車両は2000年で使用を終了し、2002年には定期運用が消滅しました。現在ではイベント用や特殊用途に使用されるごく少数が残存するのみとなっています(2008年現在)。
 オハフ50形は、前位側に業務用室、後位側に専務車掌室をもつ緩急車で、トイレも備えており、1978年~1982年に488両 (1~488) が製作されました。 主に列車の最前部、最後部に連結されるほか、自動ドア等客扱の利便性のために編成中間に連結されることもありました。
 模型は記念すべき初購入車輌であり2両保有しています。

オハ50

2510/TOMIX

 前述のオハフ50と同じく50系客車として1977年より設計・製作した一般形客車の系列で、編成の中間に組成する座席普通車として、1978年 - 1982年に335 両 (1 - 335) が製作されました。
 模型についてはオハフ50同様、初購入車輌であり、車輌としては結局四国では乗車経験はありませんが、北海道にて51形に遭遇、朝のラッシュ時に奇跡的に運行された編成にたまたま乗車し、その感動に酔いしれてそのまま乗り続けたくなったくらいの感動がありましたw。

マニ50

2512/TOMIX

 朽化したマニ60形・マニ36形など旧形車の置き換え用として開発された荷物車で、1977年 - 1982年に 236 両 が製作されました。室内配置は従来の荷物車とほぼ同等で、トイレ・貴重品室を設けています。乗務員室扉は車体前後に設けられ、各々に車掌室と業務用室を配し荷重は14tで、外部塗色は青15号となっています。全車が電気暖房装置を備え、番号は2000番台を付番します。1979年製からはブレーキシリンダの配置など細部が変更され、番号を 2101 以降として区別しています。 1986年に鉄道荷物輸送が廃止されたことで本来の荷物車としての用途はなくなり、製造年が新しいにもかかわらず大量に廃車となりましが、「MOTOトレイン」(乗客とバイクを同時に輸送する、いわゆるバイクトレイン)用や、救援車の代用としてJR旅客6社に63両が承継されました。
 しかし現在までにバイクトレインはすべて廃止され、営業運転に使用されることはほとんどありません。現在、使用頻度の高いものは工場入出場時の控車として使用されるごく一部となっており、特異なものとして、24系客車の電源車マニ24形500番台への改造車・「リゾートエクスプレスゆう」用電源車への改造車が存在しています。
 もちろん乗車経験としては荷物車に乗車できるわけはなくありませんが、これもまた初購入車輌のうちの一両です。ただし、帰省の際に「MOTOトレイン」利用を何度も画策しており、利用のチャンスも何回かありましたが、予約を抑えることができず結局利用することができませんでした。